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Amelys Journal

組織に本当に必要な人材育成とは?
「大学教育×全体最適」の視点で考える本質的な人づくり

  • 2023-02-16
  • スペシャル対談

成長する企業に欠かせない、時代の変化に応じた組織全体の最適化。企業経営において、それを推進する人材の育成が求められている。しかし多くの会社では、組織内での十分な教育が難しいのも現実だ。では、大学をはじめとした学校教育の現場では、組織の成長を担う人材育成のため、どのような取り組みが可能なのだろうか。工学院大学工学部で、哲学や「個性の尊重」というアプローチで日本のものづくりに貢献する教育を行う小川雅准教授と、企業の業務改革や人材育成を支援するアメリス株式会社 代表取締役社長橘高康朗が、これからの日本に求められる人材像や教育の在り方について語った。

プロフィール

左: 工学院大学 工学部 小川雅准教授
右: アメリス株式会社 代表取締役社長 橘高康朗

1日本の組織に全体最適化が求められる理由

小川
アメリスさんは、今回お話するテーマの企業の全体最適化を、業務の見える化によって支援していらっしゃいますよね。
橘高
そうですね。長く業務改革を手がけてきましたが、最近では、プロセスを作るだけでは限界があると感じているんです。お客様の中でも、その後大きく成功した企業とそうではない企業を比較、分析すると、プロセスの整備だけではサステナブルな成長は望めないとわかりました。自力で進化し続ける組織になっていただくためには、成長のエンジンを作ることが必要なんですね。それは大学教育にも通じますよね。
小川
そうですね。
橘高
それに、学んだことをバラバラな形で実践すると各自が自己流で仕事をしますから、全体最適化はできません。何らかの統一した言語や方法で、各自が自力で成長していくためのベース(基盤)となるものを用意していくことが必要だと思っています。プロセスと人材の両面で全体最適化ができて初めて、企業は成長できるんですね。小川先生はそういった全体最適化の観点から、どう教育に取り組んでいらっしゃるのでしょうか。
小川
ひとりひとりが行動する中で全体の目的と意義を知るということは、今まさに講義で教えてるところです。私の専門は工学ですが、ものづくりにおける創造性の発揮や安全性の確保を哲学のアプローチから伝えているんですね。
哲学の用語ばかりでは学生たちは理解しづらいので、よく私はたとえ話をします。そのひとつが、細胞や臓器がお互いにコミュニケーションをとって人体を支えていること。タモリさんと山中伸弥教授が出演しているNHKの『人体』という番組で取り上げられていましたが、以前、人体には、司令塔である脳に各臓器が従うピラミッド構造があるという考え方が主流でしたが、最新の研究では、そうではないことがわかってきたんです。
橘高
それぞれの臓器が情報発信して、直接コミュニケーションをとっているんですよね。
小川
ある臓器の調子が悪いとき、他との連携の変化を見れば診断ができる世の中になるのではないかと言われています。私が教えている西田哲学が伝えていることのひとつが、組織が熟練してくると固定されたリーダーのような存在はなくなるということです。変化に適応するためには、絶対的な司令塔に突き従う構造から脱却して、リーダーに毎回お伺いを立てるのではなく、それぞれが自己の役割を判断して行動できる組織が求められているんです。そして組織を構成するひとりひとりが育つと、個の立場でありながら全体の目的と意義をよりよくすることができる。その行為が創造性を発揮するということであり、深い喜びを伴います。

橘高
それが組織の理想的なあり方ですよね。
小川
そうですね。ただ、それをいきなりやるのは無理です。たとえば、小学生や中学生の部活では、絶対的な指導者が統括するあり方が自然だと思いますが、能力的に全体を観られるようになってくる大学生の部活からは、選手でも監督としての観点が大切です。
これは、研究室での学生教育と同じです。最初は右も左もわかりませんから、私が司令塔となって教えます。学生が自ずと、今度はあれをやってみよう、これをやってみようと行動して成長する状態へと導くんです。活力は入れますが、その手がなくなった後の自立を見据えて支援するのは、アメリスさんの事業と同じですよね。
橘高
企業組織で言うと、企画側の人も業務の運用側の人も、決心をする経営層の気持ちを理解した上で仕事をする必要があります。単に言われた仕事をやる人材ばかりの組織は成長しません。だからこそ、組織全体のビジョンやゴールにみんなで向かっていける人材育成が必要なんですね。
そしてその育成も、ひとつのプロセスの構築です。日常的な会議ひとつにおいても、そのやり方にひとりひとりが全体の目的を埋め込める、そういう組織作りができたプロジェクトは成功していますので、組織の成長=プロセス構築×人材育成だと実感していますね。

2自ら成長できる人材を育てるリーダーとは

小川
自ら成長する人材育成のためには、その人に合った裁量を的確に持たせられるかも問われますよね。私にも子どもがいますが、まだ小さいうちは「何時になったから寝なさい」というような大人のサポートが必要です。それができるようになったら、子どものステップに合わせて、的確に裁量を広げていくことが大切です。
橘高
目的と役割を明確にして、本人の段階に応じた裁量を持たせてあげることが重要ですよね。
小川
そうですね。2022年はサッカーのワールドカップがありましたが、日本代表のサッカーは、フォーバックからスリーバックといった変化に選手たちが柔軟に適応しているのがすごいと思います。ひとりひとりがいろいろなポジションができて、変化する組織体制の中で「今はここを担う」ということができている。「俺が点を取るんだ」ということではなく、チームとして勝つために、フォワードもゴール前でディフェンスをする。全体の最適化のために、選手に裁量を与えながら、さまざまなポジションで活用できるのが日本の強みだと感じました。
橘高
哲学者の和辻哲郎は著書「風土」の中で、その土地・風土に応じて求められるリーダー像が異なると記しています。中東は砂漠型気候で自然環境が厳しいので、絶対的なリーダーが求められたそうです。一方でヨーロッパは比較的気候が穏やかで、人間が自然を制御できるという思想が育ったため、合理的なリーダーが求められたと。
そして日本はというと、「モンスーン型気候」と定義しています。雨が多くて水には困りませんが、たまにとても大きな災害が起こります。そのとき必要なのは、みんなの一致団結です。ですので、求められるリーダー像は、困っている人に情を持って接して、例外を認められる存在だと書いているんですね。
小川
大きな地震も台風も起こる風土で、前例のない問題にいかに対応するかというときに、臨機応変にいろいろな役割を担える国民性が、日本の強みになったんですね。
橘高
そうですね。ただ、個別に例外を認められるのは良い側面でもありつつ、全体を取りまとめられる人材が足りないという課題もあります。個別にはとても良く対応できても、組織全体で動こうとするとにっちもさっちも行かなくなってしまうということが、私の周りのビジネスシーンではよく起きています。会社内での育成も重要ですが、人材が、組織全体を見て動くための教育をいかに受けてきたかということも重要だと感じますね。

3なぜ、工学を学ぶ学生に哲学を教えるのか?

橘高
工学と哲学の組み合わせというのは、世界の研究でも珍しいですよね。なぜ、工学の教育に哲学が必要なのでしょうか?
小川
哲学が求められるのは、工学の安全性に関してです。どうしたらものづくりにおける事故を防ぐことができるかを考えたときに、物理的な対処療法――つまり、見えるものを追うだけでは不十分なんですね。つまり、計測して初めて気づくのでは遅いわけです。
「ずっと昔から同じものを同じ方法で作っています」という会社なら哲学はいらないかもしれません。でも、グローバルで戦えるレベルでの創造性を発揮できるものづくりをするのなら、哲学が必要です。なぜなら、前例が無いものへのチャレンジは、当然事故のリスクが高い。機械の構造は人の命と直結していますから、事故は絶対に未然に防がなければなりません。そのために、見えないものを観る力、つまり哲学が必要なんです。哲学の力があれば、論理的にものを言うことができますし、間違っていたときに、それは間違いだと気づくこともできるんです。
橘高
小川先生は大学で工学を学んでいましたけど、当時から哲学を勉強したんですか?
小川
大学1年のときに中村春夫先生に出会って、9年間、西田哲学を学びました。自分の研究室を持った今は、哲学の力で、社会の安心安全文化に役立ちたいと思っているんですね。哲学者の中には精神を病んでしまう人もいますが、私は頭の中で完結するものではなく、実証性がある哲学を教えたいんです。
だから私が考える哲学は、体を動かすこととセットです。つまり、哲学をわかるということは、それが行動にも現れるということ。電車で年配の方がいたら、頭で考えるよりも先に体が動いて席を譲る、それが「哲学がわかる」ということなんですね。本当の全体最適化も、全体を知ることだけではなく、日常的にそういう間合いの取り方ができるかという、行為の問題だと思います。

橘高
人格に組み込まれてる状態ということですね。
小川
そうです。それに、倫理も創造性と切り離せません。西田哲学は、相手の経験を直接的に自分のこととして経験する実体験に根差した哲学なんですね。だからこそ、子ども時代に一番大事なのは、情操教育、つまり体験だと思っています。
実践的なものづくりにおいても、数式やグラフで示されたものを実感できるかどうかが重要です。哲学を教えるのも、あらゆる物事を自分が生きるということと密接に考えられる力を身に付けてほしいからです。どんな経験も無駄にはならないんですよね。
橘高
私たちのビジネスにおいても、業務の見える化を実感できるかどうかがポイントです。業務改革では、生産性や営業成績への効果などの数値化が重要視されますが、実際は数値よりも「仕事が楽しくなった」とか「便利になった」などと皆が実感できるかどうかの方が先です。仕事が楽しくなったら、必ず生産性も営業成績も上がっていきますので。

4今後の教育のあるべき姿とは

橘高
研究室では、どのような体制で教えているんですか?
小川
チームで考えてもらっています。私はパートナー目線で、学生たちがどう学びたいのかを模索しながら進めていますね。大学で教えていて感じるのは、学生ひとりひとりに光る個性があること。ただ、そんな彼らの長所を伸ばすのは、全体のシステムでできることと、できないことがあるんです。
橘高
全部をマンツーマンで教えるのは限界がありますから、プロセスで回す部分と個別指導の組み合わせが必要ですよね。
小川
今、我々の仕事が人工知能に置き換えられてしまうんじゃないかという話もありますが、哲学をやっている私からするとその答えは明確で、人工知能には、創造性や個性がありません。その定義を話すと長くなるので割愛しますが、コンピューターが得意なことと、人間に得意なことをおさえることが大事だと思います。システムでできることと、人間がしっかり関与するところを把握した上で、お互いを活かしあうことが必要です。オンライン化が進んだ今、また対面の良さが見直されていますしね。
橘高
本当にそうですね。授業は今、オンラインと対面、どちらでやられているんですか?
小川
両方です。実験や実習は対面ではないとできませんので。哲学の講義は、対面で授業を受けた学生の方が、圧倒的にオンラインで受講した学生よりも、理解度やレポートの質が高いです。その場の雰囲気を作って伝えることで響くものがあるのだと日々、実感していますね。
私は、大学は最先端を教えるところではないと思っているんです。最先端は2年、3年もすれば古いものになってしまいますから。大学の役目は、最先端を生み出す人材を育むことなんですね。ですから、答えのない問いに対して答えを示すのではなく、その問いの仕方をともに考えることが大切です。学生には、自分なりの答えを見出すために、どういう次の一歩を踏み出せばいいのかを真剣に考えてほしいと思っているんです。
橘高
それを積み重ねることで、指数関数的な成長が見込めますね。
小川
そうですね。それに、本当に自分を良くするためには、自分だけに目を向けていてはいけないと思っています。たとえば工学院大学をよくしたいと思ったら、それを取り巻く地域や業界の魅力を高めることを考えます。昔から恩は遠いところから返せと言いますが、本当にそう感じます。親孝行も尊いですが、親の恩は子に返して祖父母の恩は孫に返す、それが全体最適化であると同時に個々の最適化にもつながると思いますね。

5企業に全体最適化を担える人材を

橘高
業務改革支援の仕事をしていて感じるのが、日本には縦割り組織が多く、個別最適化だけが進んでしまっているということです。20~30年前は会社の規模が小さかったので本社と現場のコミュニケーションがとれていましたが、今は組織が大きくなり、グローバル化もあり例外も増え、どこも課題が複雑化しています。課題が3、4個なら全体を見ながら上手く対処できていたのが、50個、100個と増えるうちに、いつしか全体最適を諦め、個別最適の積み上げ組織になっていくんです。
だからこそ今、現場を一番分かっている現場に、全体最適化のための統括チームを作ることが必要なんですね。現場で戦う人は現場の業務に専念してもらい、統括は、統括する役割の人に担わせるべきです。時代が変わっている中、今までの延長線上の戦い方では勝てません。新しい戦い方として、本社だけではなく現場にも統括の機能を持たせる。そして、それを担える人材を育てる必要があります。
小川
そうですね。よく「プレイングマネージャー」と言いますが、まさにそのような統括のあり方が求められているのだと思います。
橘高
現場の気持ちもわかり、本社と対等に話せて、かつコントロールするという役割ですよね。ベンチにいる監督とは別に、ピッチの中に司令塔がいることが大事です。
小川
先日、学生にプレイングマネージャーとは何かというテーマでレポートを書いてもらったんですが、現場のことをよく知りながら舵も切るという、プレイングマネージャーしかできないことをやる存在だというレポートを書いてくれた人がいました。よく、プレイングマネージャーは、プレーヤーとしての仕事とマネージャーとしての役割をどちらも担う存在と言われますが、そういう表面的なことではないんですよね。
またある学生がレポートで、「プロセスは今、この瞬間のこと」と書いていたのも印象的でした。プロセスというと一般的には、これを作るためにこの作業をやったという目に見えるプロセスと考えられますが、実際には、現場で機能するやり方自体が、プロセスなんですよね。
橘高
単にフロー図として順序を示したものがプロセスではないですよね。一つ一つが魂でつながっている仕事のやり方というものが、その間合いの取り方も含めて、プロセスです。
小川
私の考える哲学では、間合いの取り方を良くすることが、まさに個性なんです。個性を発揮することで、自分も良くなれば、相手も良くなり、全体が良くなる。自分さえよければいいとか、自分はどうなってもいいから相手のためにという考え方では個性は発揮できません。
たとえば季節はとても個性的です。春は春だけで個性を発揮するのではなく、人々の服装や、木々や野鳥など、あらゆるものを春めかせることによって、初めて春は、春としての個性を発揮するんです。それがものづくりに必要な個性です。そして個性を育むためには、やはり日常生活や情操教育が大事です。
橘高
武道でも、間合いや基本的な作法が重視されるのと同じですね。それを経験したり、学び直したりできる機会が、教育や組織にあるといいですよね。
小川
言われたことをやるだけの人材を育てるなら、資格や知識だけを教えれば良いですが、将来、リーダーになることを想定して学生を教えているので、そのような場を育むことを意識しています。学生には、本当に自分の好きな仕事に携わってもらいたいと思っているんですね。普段、仕事以外で人助けはなかなかできません。仕事の中でこそ誰かのために働けて、相手も喜んでくれたら自分も嬉しい。自分の人格を養うこともできて、お給料がもらえる、それが仕事だと学生には教えています。
橘高
企業での教育も、スキルや資格レベルにとどまってることが多いですよね。人間教育や組織的活動など、もっと深いことを学ぶ機会を作る余裕がない企業も多いです。ですから、アメリスの支援を通じて、人材が実際のプロジェクトの中で経験や学習ができるのが、お客様にも評価されています。5年後、10年後の人材を育てるプロジェクトとして、採用いただけていますね。
小川
やはり今、中長期での将来を見据えた人材育成が大事だということを、企業の皆さんが感じているんですね。
橘高
本日はどうもありがとうございました。
小川
ありがとうございました。
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